長 沙 Changsha

敏 翁

INDEX

  1. 学 会

  2. 馬王堆

  3. 橘子洲

    橘子洲(動画)

  4. 毛沢東の詞「長沙」

  5. 詩人としての毛沢東

  6. 「詩」と「詞」

  7. 岳麓書院と岳麓公園

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長沙へ

 10日夕方北京空港から長沙空港へ飛ぶ。
 長沙空港には、学会の招待者への出迎えが出ていた。「湘潭大学」の学生たちである。
 ここは、昔の呉の国である。面立ちも北京とは異なる様に思えた。 例えば、NHK衛星放送でやっている「三国志」に出てくる呉の周(?)将軍 (赤壁で曹操軍を破った)にそっくりの面立ちの学生がいてなるほどここは呉 であると一人合点したのであった。
 湘潭大学の車で学会が開かれる「金賦大酒店」に送られた。

 ここで今回の旅行で訪れた湖南省の各地の関係位置の概略を上図に示した。
 今回学会の開かれた「長沙」は、湖南省の東北部に位置する都市で人口は約150万人である。
 長沙は南北に流れる「湘江」により、東西の地域に分けられる。東側が発展地域であり、ホテルやレストランなどが並んでいて、今度の学会もそのホテルの一つで開かれた。
 「馬王堆」の出土文物が展示されている「湖南省博物館」も東側にある。
 湘江には、長い(6km強)中州があり、「橘子洲」という。その南端橘洲公園に毛沢東がここで作った詞「長沙」の碑がある
 湘江の西側には「岳麓山」が迫って居るが、学校などもここに集中していて、中国最初の最高学府である「岳麓書院」もここにある。
 1893年生まれの毛沢東は17歳のとき、生地「韶山」をはなれ、湘潭から湘江を船で下って長沙に入り、ここの師範学校に入学、青年時代を長沙(住居は西側)で過ごしたのである。
 長沙と湘潭の直線距離は約90km、長沙と「張家界」との直線距離は約260kmである。